忘言斎

雑記・所感

離れる

 先週末は結局酒を全く飲まなかった。別に金も時間もあるから飲んでもいいと思ったけど、結果だけ見ればシラフで通した。まだ2週間ほどしか断酒していないが、どうにか続けられそうだ。というよりも酒を買いに行くという行為が今となっては極めて不自然なことのように感じられる。

 アルコールに依存していたというよりも、今にして思えば単に毎週末や休日に酒を買いに行き家に備蓄してそれを飲み干すというルーティンが習慣になっていただけのように思える。そういう習慣が一度絶たれれば、もうそれをやろうとすると逆に面倒にさえ感じる。

 狂ったように熱中していたことでもある時に一度、熱が冷めればそれきりという経験が何度もある。毎週欠かさず観ていたはずのテレビ番組、毎日のように寸暇を惜しんでやっていたゲーム、一生涯やめないと思っていたオタク系の趣味も、今となっては触れることさえしていない。

 自分の人生には欠かせないと思っていた、そう思い込んでいたことが実はそうでなかった。そう気づいた時には少しさみしいような感がある。俺は成人してから10年以上も酒に依存してきたが、それだけが唯一の楽しみかつ生きがいだったという面は確かにあった。というより、仕事が終われば、休みの日になれば飲めるのだからと、自らに言い聞かせて労働や生活の苦しみを乗り切ってきたところさえある。

 しかし飲み食いには金がかかるし、脳や内臓を壊すし、更に言えば大量に飲酒すればそれ以外は何もできなくなる。アルコールを呷り続けたせいで、俺は生涯のどれほど貴重で大切な時間や機会を失ってきただろう。時々そんなことが頭をよぎっても、それでもビールを飲み脂っこいツマミを食うだけでそういう思いも帳消しになるような錯覚に陥り、それが俺を今日まで生かしてきた部分は認めざるをえない。

 だが今はそれがない。平日を5日耐えても、週末にスーパーに行きビール缶を買いには行かない。ビールの味に飽きて、真夜中に近所のコンビニに出向いて安いワインを調達しもしない。せっかくの土日、祝祭日でさえも俺は粗末な食事を済ませてあとはコーヒーを飲み気を紛らわせている。本当ならカフェインもやめたいがあまり極端に禁欲に耽けるのも違うような気がしてそこは躊躇している。

 もっと強い飲酒への欲求というか執着が生じて俺を苦しめるのかと思ったが、実際は全くそうはならなかった。貴重な20代を全て酒を飲むことに捧げたのに、酒を飲めればどれだけ惨めて苦しい生涯でも甘んじて耐えられると信じていたのに、酒との別れはあまりにもあっけなく淡白だった。

 ロング缶のビールが6本で一組にまとめられてるやつは3リットルにもなる。そんなものに1500円くらい払いそれを家まで運ぶなんて第一面倒だ。そしてそれだけで済むはずもなく、やれワインだの焼酎だのチューハイだのを飲むことになる。休みが終わって体からアルコールが抜ければ離脱症状で週の前半は苦しみ、週末になればまた店に裂けを買いに行き……というお定まりのパターン。そんな愚行を延々続けて来たのがもう他人事のようにさえ感じる。

 酒が好きだと自負していたが、実際はそうでもなかった。なければないで、いや、ないほうがかえってせいせいする。必要がないものを買ったり体に入れたりする習慣から離れた方が別のことに集中できていいとさえ思う。そしてそれは酒だけに限らず、ネットで余計なサイトを惰性で読んだり見たりすることにも言えるし、食事や日常の所作全般にも当てはまる。

 肉食をやめたいと思っている。それが実現すれば買い物の量も減り、出費は更に少なくなる。毎晩のメシの支度に手間や時間をかけることもなくなるし、片付けも楽になるだろう。肉を食うことは生きる上で必須ではないように感じる。動物性タンパク質は卵や乳製品から摂れるし、その方がはるかに簡単かつ安価だ。

 これまで生きてきて執着・拘泥してきたものから少しずつ離れていきたい。どうせ最期にはどうやったってこの世の全てから縁が切れるのだから。今のうちに余計な柵から己を解くことを学ぶべきなのかもしれない。

税金・会社・ハロワと役所

 今の勤め先で働く様になった理由は、前に入っていた会社が潰れたからだ。会社都合退職だったので失業保険と区の家賃補助でしばらく食いつないだが、役所やハローワークの職員やら何やらがいちいち俺のケツを叩いてくるのが嫌だった。結局、飯田橋のハロワで紹介された求人に応募して別段やりたくもない仕事をやることになったのだが、これでめでたしめでたしとはならない。

 正社員の求人に応募して雇われたのに、試用期間(3ヶ月はアルバイト扱い)が過ぎても社員になれない。それであれこれ上役などに文句を言ってようやく正規雇用となったが、一年くらいしてまた別の問題が発覚した。

 俺は学生支援機構から貸与された奨学金を返還しなければならないのだが、それには10年の猶予期間が設けられている。猶予の申請をするために所得証明書を役所に取りに行かなければならないのだが、その時に会社が区に俺の給料の支払いの報告をしていないことが分かった。

 俺は自分の収入を自分で役所に報告しなければならなかった。普通というかこれまでの会社で所得の申告などしたことがなかったからこれはかなり面食らった。第一そんなことを自分でしなければならない理由は何か。経理関係の手間やら費用やらは知らないが、そんなことを従業員に投げるとしたらロクな会社ではない。

 もともとちゃんとした会社じゃないのは百も承知だったが、ここまでズサンだと一体あの飯田橋で見た求人は何だったのかという話になる。自分の給料の申告を自力でやる会社員なんて俺は聞いたことがないし、実際これはおかしいんじゃないだろうか。

 それ以外にもおかしなことだらけだ。少しの遅刻で容赦なく給料を減らしてくるし、残業しても1円も金を払わないし、昇給賞与も一切なし。俺は一時期、雇い主の機嫌をかなり損ねていたことがあり、その時に俺の給料を沖縄県最低賃金にするなんて脅しをかけられた。実際に俺はその雇い主の気まぐれや思いつきで減給されたこともある。

 俺はこれまで労働者として苦杯を嘗めてきたが、求人のとおりの業務内容の仕事であったことはまれ、というかまずなかった。勤務地が求人と実際とで全く異なっていたり、遠方に行かされたり終電まで無給で働かされたりと散々だったが、今の会社も相当ひどい。

 そもそも試用期間(3ヶ月はアルバイト扱い)が終わってから1ヶ月以上経ってから俺が社員になる件はどうなったのかと上司に問い合わせなければ、俺は今もバイト扱いだったかもしれない。この一悶着の時点で俺は勤め先に不信感を持たざるをえなかった。

 それに正規雇用者という身分の代償として会社側の暴虐、搾取、抑圧とでも言い表したい糞みたいな所業に耐えなければならない。さっきも書いた繰り返しになるが、ちょっとの遅刻をあげつらって分刻みで給料を引こうとする経理のクソジジイを俺は殺してやりたい。それに社長の気まぐれでいつだったか2万も減給されたのも今思い返しても憎くて仕方ない。

 これらのことが初めから分かっていたらここの求人には絶対に応募しなかっただろう。ホームレスになって野垂れ死にしたほうがよっぽどマシだとさせ今は思う。労使契約というのは結局のところ、単に奴隷とその主人の関係性でしかない。そんなことは言うまでもないことなのかもしれないが、毎年この時期になるとホントならやらなくていい所得の申告をしないといけないので会社への不満を逐一思い出して精神衛生上よろしくない。

 どうにかして区民税を払わずに済む方法はないかとあれこれ調べても、まああるわけもなく。トーゴサンピンなんていう言葉もあるように賃金労働者が徴税から逃れる手段なんて現実には存在しない。世間並みの待遇の会社員ならまだ諦めもつくが、これまで書いてきたような有様だからやりきれない。しかし仮にごまかしたり、すっとぼけたりしたら余計に遅延税だか不納付加算税だので余計にむしり取られるし、それも拒めば財産の差し押さえだ。

使われ

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 職場にいる子持ちで女の従業員が、子供の用事があるたび俺に自分の仕事を振ってくる。これが嫌でたまらないのだが俺に拒否する権利はない。やれ子供が熱出した、保護者会がある、エトセトラ、エトセトラ……。リモートワーク()がもてはやされた時は他の従業員が普通に出勤している中で自分だけは在宅勤務とまさにやりたい放題。

 つまり俺は雇い主だけでなく同じ職場の従業員にもいいように使われる立場だ。別に手が空いているときに誰かの仕事をやっても構わない。しかし自分の家や家族の用事を最優先にして「お前アタシの仕事やっといて」は正直言ってかなり腹立たしい。お前の個人的な都合でなんで俺が余計に作業やらされなきゃいけないんだ?

 同じ職場で労働させられているからなんだというのか。しょせん赤の他人でしかない。例の女は稼ぎ頭の夫と、子供が3人もいる。だから自分の家庭を優先して生きていきたいんだか何だか知らないが俺からしてみりゃ知ったことではない。そいつの家庭が幸福で満ち足りていても俺にとっては無価値かつ無意味だ。しかも自分と何一つ関係ない家の都合のためにかなり面倒な仕事が一つ余計に増えるのに、俺には何も恩恵がないときている。

 他人に使われるのは単に苦痛だ。さらに何の見返りもないとなれば屈辱さえ感じる。っていうか俺を下に見てなけりゃ自分の都合で仕事なんてさせようと思わないはずだ。そんなに自分の家庭やガキが大事なら働かないで一生家の中にいれば一番いいものを。何かある度に子どもがどうの家族がどうのと理由をつけて休んだり早退したりするようなヤツのシワ寄せをなんで俺が被らなければならないのか。

 例の女が使っているLineやSkypeのアカウントのアイコン画像がそいつのガキどもの写真なんだが、これがまた神経を逆なでするようなイラつく顔面。しかも3兄弟で全員男だからなおのことタチが悪い。他人の子供ってこんなに可愛くないものかとある意味教えられたような気持ちになる。

 俺は生涯独身でいるのがほぼ確定している。結婚もできないし子供も作れない、というよりそういう事を考える以前の段階で数多の問題を抱えている。そんな俺がなんで夫の稼ぎが十二分にあってガキが3人もいるような女の都合を逐一聞いてやり、そいつの家がつつがなく生活できるよう職場の仕事という負担を背負わなければならないのか。

 くだんの女の話はもう十分したので雇い主のことでも書こうか。本来なら社長とか代表とかそういう肩書で呼ぶべきなんだろうがどうでもいい。俺にとっては単なる労使契約で俺を使っている雇い主に過ぎない。その雇い主もまた所帯持ちで子どもがいる。サビ残やらなにやらを無理強いし、従業員にはせいぜい単身のワーキングプアとして辛うじて生活できる程度の賃金しか支払わないくせに、自分だけは妻子がいるのだ。

 別にそれ自体はどうでもいい。しかしある時のことを俺は一生涯忘れないし許しもしない。ある日俺は雇い主に呼び出され、商品の在庫を切らすなだの余計な在庫を抱えるなだのとあれやこれやと難癖をつけられた。そしてその後に続いたセリフ、これが俺には我慢ならなかった。

「お前よりウチの息子の方が優秀だ」

 これはダメだろう。子供を持つ可能性が限りなくゼロに近いワープアに、低賃金で使ってる当の本人が言っていいセリフだろうか。冗談でも大げさな物言いでもなく、本気で俺はその時そいつを殺してやろうかと思った。そのガキがメシ食ったり学校行ったり、遊んだりできるのはお前の会社が従業員から労働力や時間、いや人生そのものを搾取して私腹を肥やし、それで蓄えた金が元手だろうに。

 だが結局、俺は何もしなかったしできなかった。心中で毒づく程度のことしかできなかった。そいつにはこれからも使われなければならなかったから。少ない賃金でも、それがどれだけ不満でも、それがなければ生きていけないから。悔しくて惨めで、書いているだけでも死にたくなる。と言っても子どもがほしいかというと別にそういうわけでもないが。

手抜き

 このブログの存在価値は、日記帳、備忘録、もしくはネット上のある種の拠点的な意味合い程度だ。だから何をどれくらい書くか、そしてそれがどれほどの内容や質であるべきかという点については全く重要でない。ましてや毎日なんらかの更新をしなければならないというわけでもない。

 別の記事にも書いたが、前にやっていたブログはハードルを高くしすぎて逆に続かなかった。『書く』という行為そのものに対して、当時はどこか肩肘を張っていたようなところがあった。その失敗を踏まえるなら、基本的に個々に乗せる文章は短文かつ低質な代物で全く問題ないということになる。

 いや、もともとブログなんてそんなもんだし、どうせたくさんの量書いたって大体の記事が昔の話と愚痴と酒とかメシの話になるんだから長文書くのは単なる時間の浪費でしかないんだけど、どうしても俺には拭いきれない悪癖がある。

 自分が書いたものを他人に馬鹿にされたり見下されたりするが我慢できない。だからそれなりのものを書こうとして結局つまづいて長続きしない。別に書き言葉というか日本語として成り立ってなくても、支離滅裂な内容でもいい。ツイートよりも短い1文だけで一日分の記事ということにしたっていいのに、恥をかきたくないなんてくだらない見栄を捨てきれない。そういうところが自分でもダメだと思う。

寡食

 自分でメシの支度をするようになって、食う量が増えてしまった。増えたのは主に肉だ。酒を辞めてから他に楽しみがなくなって、肉が食いたくてどうしようもない。しかし界隈で一番安い店で買っても値段はそれなりにするし、なによりたらふく食うと眠くなって他にやることがあっても手に付かなくなる。と言ってもどうせこんなブログを書くか本読みくらいなのだから別にいいといえばいいのだが。

 肉は何でも好きだが、買うにせよ調理するにせよ面倒にも思う。炭水化物で腹を膨らませた方が健康の面はともかく何よりも安く上がる。それを牛だの豚だの鳥だのに代えるとワープアとしては不経済だ。できるだけメシの量やグレードを下げ、かつ肉体を損なわない最低限の栄養を摂取するようにしたい。できれば

厭世

 脈絡もなく嫌なことを思い出す。と言うよりも、これまでの生涯を振り返っても基本的に好ましいことなど皆無に近い。酒を飲まず、シラフのまま2週間目に突入して月曜だからなおのこと憂鬱な気持ちになる。憂さ晴らしに飲めればそれだけでも救いになるだろう。

 過去を振り返るまでもなく現在も何一ついいことなどないし、これからもそれは変わらないだろう。酒で心身の健康を損ね、やれ二日酔いだの離脱症状だのと汲々としているほうが本当は楽なのかもしれない。平日に何を思い、どんな目に遭わされても休みの日に飲めればそれだけで救われるような錯覚を感じられる。

 鋭敏に覚め続けたままで、低賃金で働かされ貧困に苦しみ社会の最底辺で足掻き続ける。普通の精神に果たしてそんなことは耐えられるだろうか。子供の頃、酒を飲む大人が嫌いだった。父親も母親も大酒飲みだったし、盆や正月の親戚の集まりでは誰も彼も人格が変わるほど酒を飲み、まだ子供だった俺を罵倒したり嘲笑したりしたものだ。俺は絶対に大人になっても酒なんか飲まないと、当時は心に誓ったものだ。

 だがそんな誓いも成人してどこかに消えてしまった。マジメで遵法精神の塊だった俺は、10代が終わるまで一滴も飲酒しなかった。しかしとあるツテで仕事の手伝いをした時、報酬代わりにビール券をもらい生まれてはじめて店で缶ビールを何本か買った。それから10年以上、俺はほとんど一日も欠かさず酒を飲み続けた。

 大学時代から俺の人生はとっくに行き詰まっていた。田舎から進学を口実に都会に出てきても、人生は全く好転しなかったし、大学のグレード的に社会に出ても暗い将来しか待っていない。それは単なる妄想ではなく、簡単に予測できるほぼ確定した歴たる事実だったし、中学や高校でロクに遊びもしなかったから、そんな人生を今後どうやっても挽回できないという、過ぎ去った昔への悔いも常にあった。

 俺の大学時代は過去への後悔と将来への絶望の板挟みのエアポケットにすぎなかった。卒業するために最低限大学に通い、生活のための最低限のバイトだけして、それ以外は酒を飲んでずっとワンルームマンションに引きこもり続けた。当時すでに懐アニだった『N・H・Kにようこそ!』を何回もリピートしながら焼酎とか日本酒を昼夜問わず一人きりで飲みまくった。

 学生でなくなってから飲酒量は更に増えた。大学の4年間、飲酒以外はほとんど何も手につかない有様だったので当然就職にも失敗した。大卒なのに小売とか工場とか清掃とか、ともすればそれらよりももっと恥ずべき仕事にも手を染めざるを得なかった。そしてどんな仕事も給料は雀の涙ほどで、雇い主も職場の他の労働者も反吐が出るようなクソ人間しかいなかった。

 俺は常に金がなかったし、望ましい未来もなかった。生活の中で経済的なリソースの大半は酒代に費やされた。学生支援機構から借りた奨学金は返済の目処も立たず、何もできないままどんどん歳ばかり重ねていった。20歳の頃より22歳のほうが、20代前半より20代後半のほうが、酒の量はどんどん増えていった。

 酒を飲むこと、それだけが俺の人生の全てだった。俺は飲むから生きられる、俺の人生はまだ飲めるから生きるに値する、生きる理由があるのだと自分に言い聞かせた。だが20代も終わりに差し掛かると、身体も脳もついに壊れ始め、飲み一辺倒の生活にも限界が見え始めてる。それでも数年は酒を辞めはしなかったが。

 酒は美味かったかだろうか? 酩酊は心地よかったかだろうか? 今にして思えばたしかにそれもあるが……。それよりも俺はシラフでいたくなかった。自分が置かれている状況をハッキリと認識するのを恐れていた。そしてさらに、現状を理解した上でそれを打開できない己の無能さを知るのが怖かった。だから一切合切をアルコールで頭をニブらせて忘れようとした。飲酒とは処世の術(すべ)だった。

 いま俺は、子供のころ強制的に顔を合わせざるを得なかった親戚縁者のオジサンやオバサンの顔を思い出す。バカで偉そうで陰険な嫌な大人ども。だが結局のところ、彼らだって単なる貧しい津軽人でしかなかったし、連中の人生はどうにもならないくらい終わっていた。

 酔っ払って俺に何十分も絡んで、小学生に過ぎない当時の俺に向かってお前は無能だと喚き散らした母方の伯父。そいつは高校時代、弘前市内ではそこそこいい進学校に通っていたが、結局なにがあったのかどこかのスーパーで働いていた。小学生の甥を酔った勢いで罵倒することしかできな惨めな人間だった。

 酒を飲む人間なんか下らない負け犬だと思っていたが、前述のとおり俺はものの見事にそれだった。津軽人なんて日本社会では何をどうやったって人並み未満の生活しか送れない。地元でくすぶっていようが東京で暮らしていようが本質的には変わらないのだから、酒を飲んで憂さ晴らしして安い賃金で誰かにこき使われるのが分相応というやつなのだろう。

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 子供の頃から労働者になるための躾や教育を受けてきた。誰かに雇われて賃金をもらい、それで生計を立てる人間になるように、家でも学校でも俺は物心がついた時、いやそれよりもはるか前から仕込まれてきた。今にして思えば、それこそがこの俺を台無しにしてきた根本的な原因であったと確信している。

 高校生だった頃の夏休みから朝から晩まで働かせるような親だった。俺が中学生だった頃、進学する高校をどこにするかという段になった時、俺の希望など全く受け入れずに問答無用で職業科にブチ込んだ。小学2年生だった頃、母親は俺が行きたくないと言っても聞き入れず、俺をそろばん塾に無理やり通わせた。

 働け働け働け働け……。父からも母からも、結局はそれ以外のことは何一つ言われなかった。家の中のことも学校生活も、子供時代の全ては単に底辺労働者になるための準備期間に過ぎなかった。未熟だった俺はそれを上手く言葉にできず、また明確に認識する能力もなかったが。

 アウトドア系の趣味に興じなかった子供の俺を父親は、あからさまに嫌ったものだった。運動しろと顔をしかめながらいつも俺に言っていたが、それも余暇の時間に体を動かして、ストレスを溜め込んだり塞ぎ込んだりしない良き労働者になれるように、いや、ならなければならないのだという圧力に他ならなかった。

 人生の若く貴重でかけがえのない時間を、ケチで下らない憎むべき雇い主や上役のために捧げ、その対価としてせいぜい貧しく生活するのが精一杯の賃金をもらい、それでおしまい。そんな生き方をするしかない身分に生まれてきたと、俺は人生のかなり早い時期から気づいていたし、だからこそ俺の気分はいつも晴れなかった。

 不幸で、不服で、夢も希望もない。他人に雇われ、少ない賃金で暮らすだけでも人生の計り知れない損失なのに、そこから家賃を支払い、税金や年金、社会保険料などを国からむしり取られる。人生は有限で、そのうちで心身ともに鋭敏な時期を改めて思えばほとんどタダ同然で他人に差し出している。それを自覚して、なぜ正気でいられるか。朗らかに暮らせるか。

 事実、俺の10代と20代はそうして消し飛んだ! 薄汚いワンルームで姿見に写った自分を見て自らに問う。俺の人生に何が起こった? 答えは明白だ、何も起こらなかった。何度自問自答しても問いも答えもいつも変わらない。俺の人生には何も起こらなかった。賃金労働とそれに支えられる実りのないゴミ未満の生活を除いては。

 食うための仕事なんぞつまらないし、それが他人にこき使われてする類いのものならなおさらだ。工場で業務用印刷機のオペレーションをしながら、劇場やオフィスビルの清掃業務をやりながら、俺は間断なくそう思い続けてきた。だから、そういう賃金労働とはまるで違う何かがしたかったし、それで自身の人生を切り開いて全く異なるものにしたいと望んだ。

 だが目下そんな風にはなってなっていない。それについては他の記事でバカげた繰り言のように何度も書いてきたが、何回書いても足りないほどだ。無価値で無意味な苦しい労働に塗りつぶされた生活と、それから目をそらすための飲酒だけで俺の人生は形作られている。酒を飲む習慣はなくなったが、だからこそ今は低賃金労働者としてワーキングプアであるこの現状を辛く感じるのだ。

 親とか教師とか、ハロワの職員とか雇い主や職場の連中がたとえなんと言ったって、俺は単なる低賃金労働者なんかじゃない。社会的な属性や客観的な事実の全てが俺を『それ』だと定義づけていたとしても、少なくとも気持ちの上ではホントの自分はそんなんじゃないと、必死こいて自身に言い聞かせてきた。

 はした金で他人に使われない何者かになりたかった。賃金労働でない何かをしたかった。そう願い悪あがきしてみても、結局なにもかも悪あがきに終わっている。生きていればまだ自分の人生には何かある、起こりうるなどと夢想しても、シラケて現実逃避にもならない。