忘言斎

雑記・所感

厭世

 脈絡もなく嫌なことを思い出す。と言うよりも、これまでの生涯を振り返っても基本的に好ましいことなど皆無に近い。酒を飲まず、シラフのまま2週間目に突入して月曜だからなおのこと憂鬱な気持ちになる。憂さ晴らしに飲めればそれだけでも救いになるだろう。

 過去を振り返るまでもなく現在も何一ついいことなどないし、これからもそれは変わらないだろう。酒で心身の健康を損ね、やれ二日酔いだの離脱症状だのと汲々としているほうが本当は楽なのかもしれない。平日に何を思い、どんな目に遭わされても休みの日に飲めればそれだけで救われるような錯覚を感じられる。

 鋭敏に覚め続けたままで、低賃金で働かされ貧困に苦しみ社会の最底辺で足掻き続ける。普通の精神に果たしてそんなことは耐えられるだろうか。子供の頃、酒を飲む大人が嫌いだった。父親も母親も大酒飲みだったし、盆や正月の親戚の集まりでは誰も彼も人格が変わるほど酒を飲み、まだ子供だった俺を罵倒したり嘲笑したりしたものだ。俺は絶対に大人になっても酒なんか飲まないと、当時は心に誓ったものだ。

 だがそんな誓いも成人してどこかに消えてしまった。マジメで遵法精神の塊だった俺は、10代が終わるまで一滴も飲酒しなかった。しかしとあるツテで仕事の手伝いをした時、報酬代わりにビール券をもらい生まれてはじめて店で缶ビールを何本か買った。それから10年以上、俺はほとんど一日も欠かさず酒を飲み続けた。

 大学時代から俺の人生はとっくに行き詰まっていた。田舎から進学を口実に都会に出てきても、人生は全く好転しなかったし、大学のグレード的に社会に出ても暗い将来しか待っていない。それは単なる妄想ではなく、簡単に予測できるほぼ確定した歴たる事実だったし、中学や高校でロクに遊びもしなかったから、そんな人生を今後どうやっても挽回できないという、過ぎ去った昔への悔いも常にあった。

 俺の大学時代は過去への後悔と将来への絶望の板挟みのエアポケットにすぎなかった。卒業するために最低限大学に通い、生活のための最低限のバイトだけして、それ以外は酒を飲んでずっとワンルームマンションに引きこもり続けた。当時すでに懐アニだった『N・H・Kにようこそ!』を何回もリピートしながら焼酎とか日本酒を昼夜問わず一人きりで飲みまくった。

 学生でなくなってから飲酒量は更に増えた。大学の4年間、飲酒以外はほとんど何も手につかない有様だったので当然就職にも失敗した。大卒なのに小売とか工場とか清掃とか、ともすればそれらよりももっと恥ずべき仕事にも手を染めざるを得なかった。そしてどんな仕事も給料は雀の涙ほどで、雇い主も職場の他の労働者も反吐が出るようなクソ人間しかいなかった。

 俺は常に金がなかったし、望ましい未来もなかった。生活の中で経済的なリソースの大半は酒代に費やされた。学生支援機構から借りた奨学金は返済の目処も立たず、何もできないままどんどん歳ばかり重ねていった。20歳の頃より22歳のほうが、20代前半より20代後半のほうが、酒の量はどんどん増えていった。

 酒を飲むこと、それだけが俺の人生の全てだった。俺は飲むから生きられる、俺の人生はまだ飲めるから生きるに値する、生きる理由があるのだと自分に言い聞かせた。だが20代も終わりに差し掛かると、身体も脳もついに壊れ始め、飲み一辺倒の生活にも限界が見え始めてる。それでも数年は酒を辞めはしなかったが。

 酒は美味かったかだろうか? 酩酊は心地よかったかだろうか? 今にして思えばたしかにそれもあるが……。それよりも俺はシラフでいたくなかった。自分が置かれている状況をハッキリと認識するのを恐れていた。そしてさらに、現状を理解した上でそれを打開できない己の無能さを知るのが怖かった。だから一切合切をアルコールで頭をニブらせて忘れようとした。飲酒とは処世の術(すべ)だった。

 いま俺は、子供のころ強制的に顔を合わせざるを得なかった親戚縁者のオジサンやオバサンの顔を思い出す。バカで偉そうで陰険な嫌な大人ども。だが結局のところ、彼らだって単なる貧しい津軽人でしかなかったし、連中の人生はどうにもならないくらい終わっていた。

 酔っ払って俺に何十分も絡んで、小学生に過ぎない当時の俺に向かってお前は無能だと喚き散らした母方の伯父。そいつは高校時代、弘前市内ではそこそこいい進学校に通っていたが、結局なにがあったのかどこかのスーパーで働いていた。小学生の甥を酔った勢いで罵倒することしかできな惨めな人間だった。

 酒を飲む人間なんか下らない負け犬だと思っていたが、前述のとおり俺はものの見事にそれだった。津軽人なんて日本社会では何をどうやったって人並み未満の生活しか送れない。地元でくすぶっていようが東京で暮らしていようが本質的には変わらないのだから、酒を飲んで憂さ晴らしして安い賃金で誰かにこき使われるのが分相応というやつなのだろう。

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